立ち止まって振り返る

体が休みを求めていたせいか、金曜の午後から、ほとんど寝て過ごした。昨日の夜には熱が下がっていたものの、その後も目が覚めても携帯でネットをチェックするくらいで、食事も殆ど無し。ビッグマックが200円だったことを思い出して買いに行ったことくらいで、その他はポカリで過ごした。木曜の夜から日曜の夜にかけて消費したポカリは8L。ポカリで1週間くらい生活できそうだなぁ…と考えてた週末だった。

2年前

2年前の今頃は何をしてたのだろう?1年半前に思うところがあってブログを移してしまったから、なんとなくの記憶しかない。たぶん、暮れの横浜に向けて動き出した頃で、様々な人と会っていたのだと思う。そうなると、はてなスターで繋がっている人たちとは2年以上の付き合いになるのだろう。不思議な縁だし、リアルに繋がり色々な事があったが、長い付き合いになりそうな予感がする。とても良い出会いだった。

1年前

1年前の今頃は何もかもを放り出して、逃げてしまいたい気持ちでいっぱいだった。自分のやることの全てが裏目に出ており、仕事は思い通りにいかず、周りの全てから見放されている気がしてた。そんな中でも、自分の不甲斐ない話を聞いてくれた人たちが居て、そんな人達に支えられて、僕のスタイルを継続することが出来たと思う。もう時効なのだけど、この頃はよく辞表を書いては破っていた。こっそりと転職活動もしていたけど、続けていて良かったと今は思う。

現在

仕事自体はキツイ。五里霧中というか、暗中模索というか…。先は見えないし、どこから手を付けて良いのかも解らない。ただ、決まった期日があるものから手当たり次第やっつけている感じで、全てが後手後手となっていく。本当なら、一度作業を整理して体制を立て直す必要があるのだけど、今は手を動かすしかなくその時期ではないと自分に言い訳している毎日だ。本当は早いほうが良いのかもしれないが、体が付いてこない…。

雑感とまとめ

仕事の中で”チーム内で共感する”事を目標にしているが、やはり”共感する”というのは難しいと感じている。例えば、僕が阿蘇に行った写真を見せたとすると、阿蘇に行ったことがある人は「阿蘇に行き同じ経験をした点を共感できる」のであって、「僕が阿蘇に感じたことを正確に共感するのは難しい」のだと思う。阿蘇に行って五感で感じたことを言葉に乗せるのは難しく、言葉の解釈や各々の経験によって感じる事が変わってしまうから仕方が無いことだ。これは、共感することが「絶対的な”=(イコール)”」ではなく「限りなく”=”に近い”≒”」なのだという事で、共感することが出来ないと否定している訳ではなく、”=”にするには、自らも相手を理解しないと難しいと言う事に過ぎない。
どうすれば共感する事ができるのか?こんな事を、ここ10年くらい考え続けているのだけれど、はてなスター上での出会いがヒントにならないかなぁ…と感じている。ドイツや白馬は行ったことが無いけれど、少なくとも行った人がどのように感じたのか、うっすらと見ることができるし、家族が居ない独りの夜を晩酌で楽しむ様子なんかは色濃く見れた気になっている。
色々と人並みに悩んでいたのだが、やはり自らが相手を理解しようと歩み寄ることが大事なのだろう…という事に落ち着く。結局は、明日から心を入れ替えて頑張ろう…ってことなのだろう。