教育する事は難しい

前のブログでも書いたことだが、教育は難しい
少なくとも、教える人間の人生の一端を担うのであるから、大きな責任が伴うものだと思う
  
例えば、僕に仕事を教えてくれた元上司(塾長と呼んでいた)は、『正しい事をしろ!』と繰り返し僕に言い続けた
当然、僕を育ててくれているのは彼だけではなくて、様々な人から指摘を受ける事で成長しているのだと思う
軸になるのは『正しい事をする』と言うことなのだけど、それは目的であって、目的を達成するための方法は様々な人が教えてくれたと言うことだ
  
しかしながら、5年も働けば、今度は教える立場にならなければならない
ほとんどがOJTだと思われるが、他人に教える事で知る事は非常に多い
そして、その教える事には責任が伴うのだから、正直やっかいである
  
ただ、教える事をしないと教わる姿勢に気付かないのも確かである
自分も教える立場になって反省する点が多々あった
教わると言う事も教える事と同じなのだ
  
人が人と交わるとき、少なからず交わった人に影響を与えている
教える立場になったら、活かすも潰すも、その人次第だ
細心の注意を払って、大胆に行動していかなくてはいけないと感じる
  
  

AppStoreは、アメリカ的な競争原理でできている -Keep Crazy;shi3zの日記-
「日本人はピラミッドが好きすぎる。どこにいってもピラミッドがでてくる。けど、アメリカはフラットだ。フラットなレイヤーが多層化してるにすぎない。おれは副社長だが、社長や社員とも対等に話す。社員もそうだ。自分の上司のことをMr.なんて呼んだりしない。日本人は上司にはsanをつけるだろ?あれは変だ。なんで仲間(friend)なのにMr.が必要なんだ?」

  
僕は海外の働き方など知らない
でも、これだけは解る
引用したように、企業でも、部署でも、僕が仕事をしていく上で必要なのはチームなのだ
そして、チームに必要な人材を呼び、足りないところを補完していくことしかできない
(ただ、その中で、教える人が外に出ても大丈夫なような実績と能力は残してあげたいと思うが・・・)
少なからず、自分のチームの中では対等に会話し、より良い方向に進んでいきたい