狼煙

「技術」という言葉がある。そして「技術力」という言葉もある。
”ある課題が生じたとき、その課題を解決する”事が技術であり、その解決するための技量が技術力と言えば聞こえが良いかもしれない。調べてみると、以下のように表記されている。

コトバンクより
技術とは、各分野で目的を達成するための技能、手順(技法)、道具および知識の体系のことをいう。技能が主に個人に帰属するのに対し、技術は人に限らず、組織や社会に帰属させることができる概念として扱われる。 生産分野で技術というときには、原材料の選択、工法、工員の技能、設備能力、そしてそれらに関連する知識全般を含めたものをさす。また生産分野や土木建築などの技術は、エンジニアリングとよばれる。さらにエンジニアリングに科学の知識を付加して高度化した技術はテクノロジーとよばれる。

結局、目的達成のための手法に過ぎない。”過ぎない”と明記したのは、技術というのは人に使われてこそ技術であり、使われなければ机上の空論に過ぎないのではないだろうか?ということ。であれば、競争社会においては、”早く多くの人に使っていただくこと”が技術を技術たるものにするために必要な要素になると、僕は考える。
例えば、こんなデジタルブック…

とても画期的な技術だと思うけど、売れなければ、ただのお遊びになってしまう。
  
では、使ってもらうためにはどうしたら良いのか?それも技術である。独りでセコセコするのではなく、周りを巻き込み、より多くのパワーを使った方が効率的である。この辺りは状況によるとは思うのだけど、シンプル氏のエントリが参考になると思う。

simpleA@hatenaより(おれだけの金じゃーないから、ヤミ金はくじけることを知らない

こんなご時世、優勢に立ってんなら、決戦を挑め!
でも、俺たちの人生、たいていの闘いは劣勢だ。そんなら、持久戦で耐えろ。
そんとき、士気を保つ必要があるんやね。
その士気を保つためには、自分だけの闘いから抜け出して、みんなの闘いにするこった。
自分を守るためだけに闘ってると、闘ってることがバカバカらしくなることがある。
でも、誰かを守るため、そんな闘いなら、少しは士気が長持ちするってもん。

ここが肝なのだと、僕も経験上知っている。では、どのように”みんなの戦い”にすれば良いのだろうか?

僕は2つの要素があると考えている。1つは”相手に与える(享受する)こと”であり、もう1つは”自分の弱さを認める(謙遜する)こと”なのではないだろうか?自分が弱い存在であることを認め、その上で相手も認める。そして、あとは勇気を出して1歩踏み出せば良いのである。だからこそ、互いに助け合える関係が築けるのだと僕は考えている。

最後に、最近TEDをよく見ているので、その中でお気に入りを…。
1)マーク・ベゾス:ボランティア消防士が語る人生の教え
2)ブレネー・ブラウン:「弱さ」という力
3)エリザベス・レッサー「他者への昼食の誘い」