伝達する言葉と、言葉の内容

言葉は不自由だな…と思いつつも、言葉に乗せなければ意思を伝達することはできない制限に苦しめられていると感じる。特に、語彙が貧困で、且つ文章を書くことが得意でない僕にとって、技術的な論文や報告書などを仕上げる事以外は、面白くない言葉を選択しがちであり、誤解を招く事が多いのが現実である。

自分の意思を言葉に乗せて伝達する場合、相手の性格を考慮した上で言葉を選択しなければならないのだが、得てして自分の意思に思い入れがあるので、言葉を選択するのが困難になってしまう。また、意思の内容がどれだけ伝わるかは、日常の行動や周囲の評判など、表面に現れない部分に裏付けされてしまうことが多い。
特定の個人から発せられる言葉は、その人の行動や評判によって裏付けされ、言葉の意味に価値や重さを与えるのではないか?最近は特にそう思うのである。

最近は、そんなことを考えながら仕事をしている。
今年こそは寡黙になり、自分の発する言葉に重みを与えられるよう行動していきたいなぁ…と仕事に勤しんでる。